第13話

 先ほどよりも強い風が吹いている。その風は静かな金色の大海原を弱い砂嵐が舞う光景へと変貌させていた。そしてその風は施設にも吹きつけている。建築させてからそれなりの年数が経過しているのか、この程度の風が吹きつけられただけで施設が軋む音が外にいても聞こえてくる。
 先ほど狙撃された子供は兵士達によって処理させていった。ダリ達がいた部屋で殺された子供のように、人間を人間として認識していないかのような酷い扱いだった。一体どのようにすればこのような人間ができあがるのだろうか。隔離された絶海の孤島、この場所では大人達が絶対的な権力を誇っていた。彼らは何をしても許され、子供達はそれに逆らう事ができない。ほとんど奴隷と変わらない状態であった。その彼らの中でもさらに強大な権力を持っている初老の男がマイクに口を近づけて言葉を発した。
「さて、これからお前達にはさっきまでいた部屋に戻ってもらう。指示があるまでは何があっても外に出る事は許されない。水が飲みたければ水道を使えばいい。便所も部屋に備え付けられている。それだけで何一つ不自由しないはずだ。部屋から何をしていても構わない。お前達の自由だ。逆に言えば部屋から出ようしたり、ましてや逃亡を図ったら待ち受けている運命はたった一つしかない。お前達はまだ子供だ。ほとんどの奴らがまだ十歳未満だ。その若さで死にたくないだろう。あと指示があったらもう一度この場所に集合だ。その時こそ、お前達がこの国を担うふさわしい兵士として働けるようにするための訓練が待ち受けている。弱音を吐くことは許さない。以上だ」
 幼い子供達に対しては非常に難解な挨拶がこれで終了した。子供達は再び兵士に促されて施設の中へと戻っていく。施設の中は先ほどよりも、その不気味な雰囲気に支配されている。窓がないという状況下によって生み出されている暗闇を照らす汚れた明かり、それに加えて風が打ち付けている音が施設の中に響き渡っている。それは外で聞いたそれよりも遥かに恐ろしいものに思えた。風の音、というよりかは残酷な大人達の笑い声、そのようにもダリには聞こえた。それは恐らく本当に気のせいだったのであろう。だがこの状況下でそのような空耳が聞こえてきても疑問は何一つなかった。子供達の裸足を床に打ちつける音も施設の中を空気という列車に乗って中を走っていく。目的地などない。ただ走っていくのだ。終点の駅もなければ、ましてや途中下車するための駅など存在していない。それは、ダリを含めた今の子供達の状況下にもあてはまるのではないのだろうか。多分助からない、生き延びれても地獄しかない、そして自分の人生を呪い、後悔しながらこの世を去る。きっとそれが自分の人生なのだ。
 施設の入り口から歩き始めて二分ほどしたところ、子供達は二手に分かれた。そこは先ほど子供達が合流した地点だった。ダリはその時、妙に気に掛かっていた子供を目で探した。いた、彼に間違いない。ダリが見ている少年、彼の目には恐怖や悲しみといった感情を確認することはできなかった。恐ろしくて今にも泣き出しそうだ、そして早く母親や父親の元に帰りたい。あって当然、なくてはおかしいそのような感情がその少年にはなかったのである。その少年もダリの視線に気づいた。お互いの目線が激突した。二人とも他の子供達と同じように歩いている。だが彼らのいる空間だけ時間が流れる速さが妙に遅く感じた。いや、もしかしたら時間が止まっているのではないだろうか。ダリはその空間の中で神妙な顔つきで少年を見る。少年はダリに対して冷ややかな笑みを浮かべて集団の中に消えていった。ダリにはその少年に対する印象は、最初に彼の頭に浮かんだそれと何の変化もなかった。まるで自分達とは何かが違う。何かがあの少年の中にはない、そのような印象であった。
 部屋に着くなり、ダリは部屋の壁に背を預けた。床には雑巾のようなもので乱暴に取り除かれた血たまりの跡がある。ダリはそれが視界に入ってくるのを拒み、目を背ける。しかしどこに目をやっても見えてくるのは「汚れ」である。すると突然、ダリは小便をしたくなった。どうしてこんな時に、ダリはそう思いながらも部屋の隅にある便所へ向かい、扉を開ける。その瞬間、異臭が部屋に溢れ出てきた。汚い、臭いなどの言葉がまだ汚くない、臭くないと思えるほどの酷さである。しかし今の自分が使える便所はここにしか存在しないのである。彼はズボンとパンツを下ろし、尿を外に放出する。それが便所の底に到達して音を立てるまでかなりの時間−それはほんの十秒程度の時間なのだが−が経過した。落ちたら上がってこれない深さなのは明白だ。ダリは尿を出し終えると異臭で充満している部屋から抜け出した。他の子供達も鼻をつまんでその臭いを我慢している。何もかもが最悪なこの施設で、ダリはこれからここで起こることが恐くてたまらなかった。