郊外の地下室の研究所で、博士は歓声をあげた。 「やった!ついに完成したぞ!」 手を叩いて歓喜する博士の目の前には、大人より少し大きいくらいの、細身のロボットが静かに立っていた。 「よし、あとは起動するだけ…ドキドキするな」 少し震える手で、ロボットの首筋にあるスイッチを入れる。 ピピピピピピピ… さまざまな計器がブート音を上げて作動する。 やがて音が鳴り止むと、静かにロボットの目に光が宿った。 「全テノ 計器ノ 正常作動ヲ 確認、命令ヲ ドウゾ」 その目はしっかりと博士を捉えており、その指示を待った。 「うむ、ここまでは順調のようだな。それでは…試しに水をグラスに注いで持ってきてくれ」 博士は飲み干して空になったグラスをロボットに手渡した。 「了解致シマシタ」 するとロボットはしばらく考えた後、こう尋ねた。 「水ハ 何処デ 注ゲバ 宜シイデショウカ?」 博士の発明したロボットは学習型のロボットで、基本的な言葉は理解できるものの まさに引越してきたばかりのヨソモノが如く、具体的で細かな事象は自分で学ぶように設計されている。 「1階に台所がある。そこの蛇口から直接注いでくれ」 「了解致シマシタ」 ロボットは再度そう告げると、自分で階段を上って行った。 しばらくして、ロボットはグラスに水を注いで戻ってきた。 「おお、凄いじゃないか!零さずに戻ってこれたのだな!」 博士は自分の開発したロボットであるにも関わらず、子供のように目を丸くして喜んだ。 ロボットは命令された仕事を終えると、またそこに立ち止まり命令を待った。 それからロボットは、博士から様々な事を学習し、その豊富な記憶領域に蓄えていった。 歴史、文化、言葉遣いや礼儀作法までをも学び、まるで一人の人間のように日々成長した。 また、博士もロボットに機能拡張を行い、ロボットが自らネットワークから情報を収集できるようにしてあげた。 「博士、【ヘイゲイ】とはどういう意味なのでしょうか?」 「むむむ…そ、そういう難しい言葉を調べるなら検索機能を使うといいぞ…!」 「なるほど、ヘイゲイ(睥睨)とは睨み付けて威圧する事のようです」 ロボットは能力を高め、さらに優秀な存在となった。 またたくまに博士は世界の注目の人となり、大発明者としてあらゆる番組の引っ張りだことなった。 また、様々な企業が貴方の技術をぜひわが社にと殺到したが、彼は全て断った。 彼は何より、ロボットとの平穏な暮らしを望んでいたからだ。 しかし、その望みはある日突然絶たれた。 番組のゲストとして出演した後、遅く帰路につくこととなった博士は居眠り運転の車にはねられて死んでしまった。 博士の葬儀の中、ロボットは博士の「死」について理解できていなかった。 その時、一人の男性がぽつりとつぶやいた。 「ああ、博士の魂は天国へと旅立ったのか…」 そうか、博士の魂は傷ついた身体から離れて天国という所へと向かったのか。 その後、ロボットは人知れず葬儀場から消え去っていた。 後日、とある有名な露天風呂で湯船に巨大な鉄が沈んでいると客から苦情が入った。 その露天風呂の湯は「まるで【天国】に居るかのようだ」と、たいそう評判だったそうだ。