「なんでなのよっ!」 大きく机を叩き、それに負けず劣らずの大声をあげた。 「なにがですか?」 あまり関心なさそうに聞いてきたのは、長身でおとなしい性格のルチアナ少尉。 「どうせ戦闘隊長のことでしょ、もぐ 扶桑の もぐ」 こっちは椅子を器用に傾けてバランスをとって座っているマルチナ曹長。 大きな食パンの切れが口からはみ出している。 「慌てて話すと、喉詰まらせちゃうよ」 ルチアナはマルチナの前に牛乳の入ったコップを差し出す。 「あんがと、ルチアナ」 「そんで、なんなのフェル?結局?」 マルチナが聞く。 「人事のことよ、人事!」 「あ、やっぱり。予想どーりだね、ルチアナ」 「そうですね」 ふん、マルチナってばこういうのは妙に鋭いんだから。 私の主張はこうだ。 「ロマーニャの空は、ロマーニャ空軍が守るべきよ!」 「それはそうですが」 とルチアナ 「JFWってそういうもんでしょ?」 とマルチナ 「各国共同編成ですからね」 「あの501も、隊長はカールスラント人で、戦闘隊長は扶桑人でしょ」 「そんなの知ってるわよ、もう」 この二人じゃお話にならない、こうなったら直接隊長、フェデリカ少佐と話さないと収まらないわ。 長い廊下を歩き、少佐の個室ドアをノックする。 「はいは~い、入って」 明るく張りのある声に促され、モダンにまとめられた部屋に入る。 「あら、フェルじゃない、どーしたの?」 少佐は学校の上級生みたいな、砕けた態度で私に接してくる。ま、ほとんどの人にそうなんだけど。 「少佐にお聞きしたいことがありまして」 「ん~、わかった!あのことでしょ」 はあ、少佐にはやっぱりお見通しか、顔に出てたかしら。なんて思ってたら 「昨日の食事!国際共同部隊なんていうから、厨房が張り切り過ぎちゃってしっちゃかめっちゃか だったわね。それにしてもブリタニア料理ときたら・・・いやいや、これは政治的にまずい発言ね。 とにかく、つぎはもっとフツーのロマーニャ料理メインにしてもらうわ」 「・・・いえ、その」 「あれ?違った?もしかしてブリタニア料理お気にいってたとか?」 「それも違います」 「もう、わかんないからフェルから説明して」 「戦闘隊長の人事のことで」 「はぁん、そのこと」 「JFWってのはいろいろめんどくさいのよね。どこもボランティアでエースを出してる 訳じゃないから。引退間際の私が、名前だけでも隊長なんだから御の字よ」 「少佐はまだまだ現役です」 「あら、ありがと。そりゃまだまだ空でもイケてるって自信はあるけど、これはこれで なかなか刺激的なお仕事よ」 「つまり、部隊の性格上、政治的な意味での人事ということですか?」 「ずばりと聞くわね。タケイの階級はお飾りじゃないけど、政治的かと言えば100%の否定はしないわ。 フェルも言いたいことあると思うけど、この件については仕方ないわね」 結局、そう言うことなのだ。そう、仕方ないのこと。 確認するように声に出して答える 「そうですね、仕方のないことです」 「ほんとに?」 少佐に聞き返され、どきりとする。 「じゃあロマーニャ人の戦闘隊長を連れてくれば、フェルはそれで良かったの?」 やっぱりお見通しだったか。 少佐は赤ズボン隊の先輩であり、504に来たのも少佐の誘いがあったから。 マルチナ・ルチアナと一緒じゃないと、という私のわがままも聞いてもらっている。 多少スキンシップが過ぎる部分があるが、ずいぶん可愛がってもらったし、気恥ずかしいが 恩人といってもいい人物だ。 周囲はなんとなく、私を少佐の後継者的に見ていたし、自分もそうだと自惚れていた。 少佐にここに呼ばれ、その少佐に、組織運営に専念したいので、現場は別のものに任せる、 それは扶桑人の大尉だ、と聞かされたとき、私はどんな顔をしてただろうか。 冷静に考えて、少佐やもっと上の人たちの人事は正しいのだ。ただ、それを 政治上のことだから仕方ない、と思いこみたかった。少佐の口からそういってほしかった。 そんなことを少佐に隠しておけるはずもないわね。何やってるのかしら、私。 「ねえ、竹井は”出来るオンナ”よ。ぴったりくっついて、盗めるものは何でも 盗んじゃいなさい。」 無言でうつむいていた私を、少佐は優しく抱きしめてくる。この人の愛情表現は いつもやり過ぎ、距離が近すぎだわ。 「出来るわね?私が見込んだフェルナンディア中尉さん?」 「・・・はい」 「よろしい」 はあ、わたしってばもう、やるしかないじゃないの。タケイって言うのがどういうウィッチ か知らないけど、やってやるわよ! ------フェルナンディア退室後、少佐の部屋で----- 「竹井、ごめんなさいね、体痛くない?」 「いえ、大丈夫です」 「それにしても冴えてたわね、あの子が来たと思ったらすぐ机の下に隠れて」 「盗み聞きになってしまってすいません」 「いいわよ。私とあなたしか知らないんだから。ねえ・・・竹井、あの子たちのこと、よろしく頼んだわよ」